更新日:2018年8月29日

「自覚なかった糖尿病」
健康診断の機会なく合併症で壊疽・失明

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当事者インタビュー:Kさん(男性・52歳)

あなたは糖尿病の怖さを知っていますか?

これまでのコラムでも何度か登場したことのある「糖尿病」。
あなたは、生活習慣病といわれるこの病気のもつ怖さを知ってますか?

私が「糖尿病を怖いなぁ」と感じる1番の理由は、合併症が多いことです。
脳梗塞、網膜症、歯周病、心筋梗塞、腎症、足壊疽、神経障害など、テレビやネットで見聞きしたことのある病名がズラッと並んでいるのではないでしょうか。

今回の当事者インタビューは、糖尿病とその合併症により左足の指と視力を失い、生活困窮に陥った男性のお話。

「健康診断をしばらくうけていない」、または、うけていても「結果をあまり気にしない」といったあなたに糖尿病の恐ろしさをお伝えします。

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自覚できなかった糖尿病

Kさん(男性・52歳・身体障害3級・要支援2)
生活に困窮した人の日常生活を支援する施設「青梅荘」(東京都内の無料低額宿泊所)の利用者です。

かつてKさんは、糖尿病とその合併症により、壊疽をおこした左足の指を切断。
さらには、網膜症により右目を失明。左目は視力0.04とかろうじて失明を免れましたが、視野が狭くなり、「内側の視界3分の1が見えていない」といいます。

このような大ごとになるまで、糖尿病という自覚はなかったというKさん。

自分が糖尿病だとわかったタイミングは、45歳までさかのぼります。
当時、測量の仕事をしていたKさんは、足に痛みを感じるようになり、それから3か月ほど放置。その間に、左足が「まるで風船のようにパンパン」にふくれあがって熱をもつようになりました。

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壊疽をおこした左足の指を切断

足の痛みがありながらも、仕事がおもしろく、時間を気にしないくらい夢中になっていたKさんでしたが、周囲の勧めでようやく病院へ。

診察をうけると糖尿病であることと、合併症によって左足の指のすべてが壊疽をおこしているとわかり、「よくここまで(病院に)こなかったね」と医者に驚かれるほどでした。

そして、そのまま即入院。
Kさんは、すぐさま左足の甲より先を切断する緊急手術をすることになったのです。

術後はじめて包帯をとった時、「これからどうしたらいいんだ?」とKさんは愕然としましたが、持ち前のプラス思考で、すぐさま「かかとがあるだけよかった」「仕事はまだできる」と気持ちを切り替え、測量の仕事に復帰しました。

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糖尿病性網膜症で視力を失う

ところが、それから3年ほど経過すると、今度はKさんの目に異変が起きます。
測量の数値を入力したり、図面をかくためにパソコンに向かっていると、利き目である右目が「見えづらいなぁ」と感じるようになり、やがては左目も同様に。

「少し疲れてるだけ」「大したことないだろう」と気にとめなかったKさん。
左足を切断した教訓をいかすことができず、ひどい状態になるまで病院にはいきません。

やがて、視界に黒い線がみえる飛蚊症(ヒブンショウ)のような症状もあらわれ、それが徐々に頻度を増していきました。
さらには、車の運転をしていると、「前を走っている車がいきなり2台並んで見えた」など、とても仕事をしていられない状態に。

目に異変を感じはじめてから約1年。
ようやく病院にいってうけた診断は、合併症の1つ、糖尿病性網膜症でした。

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糖尿病に対する認識が不足

結局、「図面をつくるのが好きだった」という測量の仕事を辞めざるを得なくなり、その後、生活に困窮するようになってしまったKさん。

面倒見のよかった測量会社の社長が市役所へ同行してくれたことで、現在、生活している青梅荘に入所することになりました。

現在に至るまでKさんは、目の手術を合計4回受けましたが、
「あくまでこれ以上悪くならないための手術」
右目の視力を失い、左目は0.04という限られた視力で施設生活を送っています。

いま思えば、社会人になって健康診断をうけたことはなく、足や目に異常を感じた時も「たいしたことないだろう」とガマンするだけで、糖尿病との因果関係を認識したことはありませんでした。

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健康管理をおざなりにしていませんか?

糖質をとりすぎることで発症のリスクが高まる糖尿病には、血糖値のほかにもう1つ「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)」という数値があります。

Kさんが左足を切断した際の血糖値は390、HbA1cは14.6%
正常な血糖値は110未満、HbA1cは4.4~5.8%
いかにひどい状態だったか、これらの数値を見くらべれば明らかです。

現在、Kさんは定期的な通院に加えて、週1回の訪問看護でバイタルチェックをうけています。また、朝夕の食事の前にインスリン注射をおこない、ヒマさえあれば腕立てふせや腹筋などの筋トレを意識。
血糖値は100前後、HbA1cは7%程度となり、糖尿病の悪化を防いでいます。

「共同生活の中でみんなが気をつかってくれていることが支援」というKさん。

もしかすると、あなたは「何をいまさら」と感じたかもしれません。
しかし、そんなあなたは、自分自身の健康管理をおざなりにしていませんか?

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文(聞き手):竹浦史展 
取材日:2018.6.29

若者の貧困は甘え? 精神疾患と闘いながら、居場所を探す20代男性|特定非営利活動法人エス・エス・エス

更新日:2018年8月29日

若者の貧困は甘え?
精神疾患と闘いながら、居場所を探す20代男性

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当事者インタビュー:Nさん(男性・28歳)

「若者の貧困=甘え」の方程式

「若いんだから、働けばいいだろう」「若いんだから、苦労して当たり前。怠けてるだけなのでは?」

「若者の貧困」が社会問題になっている昨今ですが、この問題が議論されると必ずこうした非難の声が挙がります。

しかし、いわゆるニートと呼ばれるような「働けるのに働くことを選ぼうとしない若者」と「働きたくても働くことができない若者」とで全く事情が異なることを忘れてはなりません。

今回のコラムの主人公であるNさんは後者であり、職場での人間関係の悪化により、精神疾患を患ってしまったことをきっかけに、貧困に陥りました。

そして今、Nさんのような若者は決してレアケースではありません。たとえば、10代~20代の精神疾患の患者数が2014年から2017年の3年間で2.8倍に跳ね上がったというデータ(メンタル・ヘルス研究所が上場企業2273社に行った調査/2018年)もあり、心の病に陥る若者は急増しているのです。

さらに先進国の中で日本は若者の自殺率が最も高く、15歳~34歳までの若者の死因トップが自殺であるのは、主要先進国の中で日本だけだといいます。

こうした現状から、控えめに言っても、若者にとって現代日本は生きにくさを感じる国だといえるのではないでしょうか。

年齢を重ねた分だけ給与や役職が上がっていく時代も、終身雇用が約束された時代も終わった今、未来に希望が見いだせない若者は、どう生きていけばいいのでしょうか。

Nさんのケースを振り返りながら、若者の貧困問題について一緒に考えていく機会にできたらと思います。

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自分の居場所を探し続けた日々

高校を卒業後、地元・沖縄を出て、愛知県の自動車部品メーカーに就職したNさん。家族や友人と離れ、社員寮で暮らす毎日に大変さを感じながらも、最初は希望を持って働いていました。しかし、うまくいかない人間関係などに疲れ、1年後に退職。そこから、自分��居場所を探し、もがく日々が始まります。

工場のライン工や害虫駆除、機械整備…1年ほどで職を変えながら、愛知と地元・沖縄を行ったり来たりする生活を続けていました。どの職場も、仕事そのものに馴染めなかったり、人間関係がうまくいかなかったりと、なかなか自分の居場所を見つけることができません。

そして2017年、Nさんを働くことから遠ざけてしまうきっかけとなる出来事が起こります。

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仲の良かった同僚からの裏切り

それは愛知県の企業で働いていた頃のことです。ペアを組んで数ヶ月一緒に働いていた人から、突然無視されるようになったのだといいます。

「理由は本当にわからないんです…突然だったし。昨日まで笑って話したり、仲が良いと思ってたのに。自分が陰口を言ったこともないし…態度が悪かったんですかね?本当にわからない…」

元々人見知りの性格だったこともあり、この出来事をきっかけに人と接することが怖くなったというNさん。

その後、数ヶ月は頑張って働いていましたが、結局その職場を退職。会社の寮に入っていたため、仕事と同時に家も失うことになりました。

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死に場所を求めて、放浪の旅へ

「仕事を辞めてからは、中古車を買って、1人で3~4ヶ月放浪してましたね。九州のほうに向かいました」

なぜ九州だったのか、質問してみると「楽になれる場所を探してたんですよね。結局は地元に戻っちゃったんですけど…」と俯きながら教えてくれました。

死に場所を探して、車で旅をしていたNさん。人と関わることへの恐怖は消えず、人ごみに行くとパニックになるほど精神的に不安定な状態が続いていました。

「このままではまともに働けない…」という大きな将来への不安と闘いながら、過ごす日々。しかし誰に状況を吐露しても、「若いんだから」という理由でなかなか理解してもらえません。Nさんはますます孤独を感じ、心身ともに追い詰められていきました。

そんな時、ある人の言動が、Nさんの生きる希望になったといいます。

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心の支えとなった、唯一の理解者の存在

「以前同じ職場で働いていた人とよく連絡を取っていたんですけど、ある時、“一緒に頑張らないか?”と言ってもらえて…その人と暮らすことになったんです」とNさん。彼も同じように精神疾患を患っており、Nさんにとっては同じ境遇にいる唯一の理解者であったそうです。

理解してくれる友人のもとで、心身の回復に努めたNさん。その半年間は本当に穏やかな日々だったといいます。

しかし、転機は突然訪れました。

「友人から、このままではだめだから、海外に行って働こうと思ってるって言われて。昔からの夢だって。それでその家を出ることになったんです。一応、一緒に行くかと誘われたんですけどね…」と語るNさんは2018年12月、茨城県内の無料低額宿泊所「つつじの郷取手」へ入所することとなったのです。

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人に頼らず生きていきたい…

現在は心療内科への通院を視野に入れながら、つつじの郷取手で暮らしているNさん。友人との同居で少しずつ心の安定を取り戻してはいるものの、まだまだ人は怖いといいます。

「特に人ごみはダメですね。だから買い物も夜だけ。できれば、人に会いたくない」

とはいえ、早く働きたいという意志は強い。しかし、そのために心療内科の予約はしたものの、一歩が踏み出せないでいるのだとか。

まだ心と体が裏腹な状態であるにもかかわらず、なぜ早く働きたいのでしょうか。その答えは、生活保護を受けている現状、そして人に頼って生きていくことへの後ろめたさにあるようでした。

「また別の友人と一緒に暮らすっていう話もあるんですけど…でも迷惑はかけたくないし…人に頼らないで生きていきたいんです。だから精神面がもう少し回復したら…」と少し言いにくそうに話してくれたNさん。

―――頼りたいけど、迷惑になるだろうから頼れない。

友人とのつながりがNさんの心の支えになっているからこそ、日々葛藤を続けているのでした。

同じ境遇にある同年代に声をかけるとしたら?と聞いてみると「支えてくれる友達を大切にしたほうがいいということですかね。自分ももっと早くいろんな人に相談すればよかったと思っています」と答えてくれました。

人への恐怖を抱きながらも、人とのつながりをとても大切にしているNさん。彼が自信を持って、次なる一歩への選択ができるように、私たちは今後もできる限りの支援を続けます。

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理解されにくい「若者の貧困」

今後ますます経済格差が広がっていくことが予測されている日本。子供を含む「若者の貧困」は一層、社会問題になっていくに違いありません。

一方で、冒頭でも申し上げたとおり「若者の貧困」は世間一般的に理解されにくいのが現状です。しかし、働きたくても働けない状況にある若者を「若いんだから、働きなさい」と周囲の人間が頭ごなしに否定していては何も解決しません。

「まず助けます」という言葉がSSSの理念にはありますが、周りが「まず手を差し伸べること」が重要なのではないでしょうか。まずは受け皿となる側の人間の意識を変えていくことが求められていると感じます。

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聞き手:竹浦史展、文:中村まどか