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更新日:2018.08.22

「自分が誰か分からない」
記憶喪失により新たな戸籍を取得した男性

当事者インタビュー:Kさん(男性・33歳)

#東京 #30代 #記憶喪失 #戸籍取得

過去を失うということ

無料低額宿泊所を利用する人の多くは、家や仕事そして家族とのつながりがなくなり、生活に困窮してしまった人たちです。
それぞれに、「過去」の経緯があり、それまでの生活が送れなくなってしまった。

しかし、今回のインタビューに登場するKさんには、その「過去」がありません。
2年前のある日、気がついたら公園にいた彼は、それまでの記憶を一切失っていたのです。

にわかには信じがたいでしょう。
ですが、警察の情報網や医療の力をもってしても、何も手がかりは得られませんでした。

「自分が誰かわからない」ということは、自分の存在を証明するものが何もないということ。

このコラムを読んでいる人の中には、もしかしたら
「過去をすべて消し去ってしまいたい」
「人とのつながりを断ち切ってしまいたい」
そう思っている人もいるかもしれません。

けれど、本当に「過去」を失ってしまったとしたら、
Kさんのようにとてつもなく大きな苦悩を抱えることになるのです。

混乱する頭

2016年5月の記録を失くしたその時を、「我にかえったらそこにいた」と回想するKさん。
強烈な頭痛と、どうしようもない吐き気を感じ、トイレを探してウロウロすると、
目に入ってきた地図の看板に「(都内)A区」の文字があり「ここはA区なんだ」と知りました。
そして襲って来た「自分はだれなんだ?」という疑問。

自分の名前も、年齢も、住所や家族のことも、すべての記憶がありませんでした。
考えれば考えるほど頭は混乱する中で、数回おう吐し、なんとか動けるようになったところで、地図にあった区役所に助けを求めました。

区役所の受付で「記憶を失くした」事情を説明すると、当然びっくりされましたが、生活相談の担当につないでくれました。
吐き気がおさまっていたこともあり、病院へかかるよりもまず、とにかく落ち着ける場所で自分の気持ちを整理したいと思いました。
お金がなくても一時的に身を置ける場所として、その日はSSSのシェルターに一泊することになりました。
「これから一体どうなるのか」という不安を抱え、まどろみながら一夜を過ごしました。

手掛かりは見つからず

翌日、施設長に伴われて再び役所を訪れました。
相談員から、ありとあらゆる質問をされましたがKさんが答えられるのは「分からない」ということだけ。
身体検査や所持品検査を受けても、目立った外傷はないし、身元がわかるものは何もない。
顔写真を警察に送り、捜索願や犯歴者などのデータベースとの照合も行いましたが、一致する情報はありませんでした。
さんざん取り調べのようなやりとりが続き
「本当のことを言っているのに真実味がない」
「話せば話すほど嘘をついているみたい」
という罪悪感にも似た感情が沸き起こり、同時に
「信じようがないハナシなのかな」と諦めの気持ちもめばえ始めました。

無料低額宿泊所に入所

行くあてのないKさんは生活保護申請を受理され、SSSの無料低額宿泊所に入所することになりましたが、
「何をしたらいいのか」「自分は何のために生きているのか」という無気力感にさいなまれ、しばらくは放心状態だったといいます。
食事に起きるとき以外はほとんど寝たきりの引きこもり状態で約2週間を過ごしました。

その後、医療機関を受診することになったKさんは、大学病院の脳外科で精密検査を受けました。しかし、医師の診察や画像診断の結果は、「異常なし」。
医師からは「こんなのははじめて」と言われ、結局、はっきりとした原因や病名は分かりませんでした。

できることはやってみたけれど、手掛かりは何もない。
「自分は本当に人間なのか?ここに存在しているっていうことは親がいるはずなのに、その人たちは今どこでどうしているのだろう?」
Kさんの悩みや葛藤は簡単に人に話せるものではありません。
「話したところで、信じてもらえない」
そう考えてしまうのは当然のこと。
「自分でなんとかするしかない」という思いが、ますますKさんを追い込んでいきました。

新たな戸籍を取得する

このままでは身分を証明するものが何もなく、一般の社会生活は望めない。
そんなKさんに、施設長は弁護士への相談をすすめました。
施設長とともに法テラス(日本司法支援センター)へ行き相談したところ、
「就籍」(無戸籍の方が自らを戸籍に記載するための手続)という方法があることを知りました。

日を改めて家庭裁判所に足をはこび、そこからKさんの戸籍取得のための手続きがスタートしました。
月に1度のペースで家裁へ行き、書記官と面談をしたり、MRIをはじめとした検査画像を提出。指紋も全部で3回とりました。
一番苦戦したのは、就籍の理由を書く書類。記憶を失くしたあの日の状況からこれまでを事細かに記入しなければならず、SSSの担当エリアマネージャーも一緒に協力しながらなんとか書き上げました。

堂々と道を歩ける

そして10か月後、ようやくしてKさんの元に就籍許可の通知が届きました。
家裁へ行き就籍許可の書類を受け取り、それを持って今度は区役所へ。
就籍届を提出することで、Kさんは晴れて戸籍を取得することができました。

氏名は自分で考えた名前
年齢はだいたいの見た目から推測した年
誕生日は記憶がないと気づいたあの日
両親は不詳
それでも、自分を証明するものが何もない「宙ぶらりん」な状態を脱し、やっと
「人並み」になれたと感じています。
以前は「もしも警察に職務質問されたら」という不安で、いつも施設と施設長の携帯番号のメモを持ち歩いていましたが、今では堂々と道を歩けます。

この先の不安

Kさんは現在、週に5日清掃のアルバイトをしています。担当する4棟の共同住宅をまわり、ごみの分別や清掃業務を一人で任されています。
自炊や掃除、洗濯、生活費の管理など日常生活の能力も十分にあります。
区役所のケースワーカーからはアパートへの転宅許可ももらっています。

しかし、Kさんはこれから先の将来に大きな不安を感じています。
「このままアルバイトで生きていく訳にはいかないけれど、正社員を考えた時、
履歴書の左側が書けない」
日本人であるというのなら、義務教育の中学校までは卒業しているはず。
でも、その先の高校や大学などで教育を受けたかどうか分からない。
「高卒認定を受けるという手もあるけど、そこまでする原動力が今の自分にはない」と苦しみの表情を浮かべます。

過去をとりもどしたい

Kさんには一つだけとりもどした記憶があります。
それは神奈川県で見た海上に打ちあがる花火大会の記憶。
実際に江の島を歩いたとき、その風景に確かに見覚えがありました。

それ以来、時間とお金に余裕がある時には、都内各所を歩いて回ったり、ネットカフェや漫画喫茶を利用して、昔のテレビ番組やマンガ、音楽などを手当たり次第に見聞きしています。
何か手がかりを見つけ、「過去」に自分が存在していた確証を持ちたい。
自分の力で記憶を取り戻すことができれば救われるのではないかと考えています。

信じられる人を見つけたい

そしてこの先の人生において、一番重要だと思うことは、
信じられる人を見つけられるかということ。
記憶喪失なんて小説やドラマの中の出来事。
そう簡単には信じてもらえないと分かっているからこそ、打ち明けることが難しい。
でも自分の心の奥底を見せられる人でなければ、本当の意味での信頼関係は生まれないこともKさんには分かっています。
孤独なKさんの心は信頼できる人とのつながりを求めているのです。

Kさんの話を聞くと、もし私達が乗り越えられないと思うほどの困難に直面していたとしても、「過去の自分」の延長線上に「今の自分」があり、その記憶と実感が自分の支えになっていると気づかされるでしょう。

「過去をすべて消し去ってしまいたい」
そう思いきる前に、一度自分が歩いてきた足あとを振り返ってみることも
前に踏み出すための足掛かりになるかもしれません。

文(聞き手):梅原仁美
取材日:2018.6.21

東京23区内 B荘(無料低額宿泊所)

※ご本人の希望により施設名および住所を非公開とさせていただきます。

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0120-346-850

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