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更新日:2018.09.05

「働くことで社会とのつながりを取り戻す」
就労支援で生活保護を脱却した女性

当事者インタビュー:Yさん(女性・66歳)

家族間の暴力

現在日本には「児童虐待防止法」「高齢者虐待防止法」「障害者虐待防止法」といった虐待を防止する法律と、配偶者等からの暴力を防止する「DV防止法」があります。
ですがSSSに寄せられる相談の中には、これらの枠におさまらない成人子から親への暴力や、きょうだい間の暴力によるものも存在します。

法整備や調査がすすみ、暴力に対する社会的な認識は広がったように思えます。
しかし、外ではおとなしくて家族にだけ暴力をふるう家庭内暴力は、被害者自身が問題を表ざたにしたくないという背景もあり、なかなか外からは見えにくい現状があるのです。

今回インタビューをしたYさんも、息子の暴力にずっと耐えてきましたが耐えきれず、生まれ育った土地を後にしてきた一人です。
暴力から逃れ生活に困窮してしまった場合、一番の困難は、それまでの社会とのつながりを絶たれてしまうこと。
見知らぬ土地ではじまった新たな生活から、Yさんがどのようにして自立していったのかをご紹介します。

息子との生活

当時、Yさんは40歳の息子と2人で、地元の神奈川県A市に暮らしていました。
息子の父親とは22年前に離婚。
ホテルの客室清掃の仕事をしながら、炊事・洗濯・掃除など家事一切をYさんがやっていました。
息子も会社勤めをしていましたが、家にいれるお金は毎月4万円ほど。
それでも、親が子を想う気持ちはいくつになっても変わらないもの。
「今日はあの子に何食べさせようか」
と身の回りの世話をやいていました。

大人しい性格の息子は酒もギャンブルも一切やらず、
たまに会社の仲間と飲み会がある時には
「今日は飲んで帰るから夕飯いらないけど、お母さんは食べるものある?」と連絡をよこします。
仕事で帰りが遅くなり、Yさんが「今からご飯用意するよ」と言うと、
「遅くに大変だからいいよ、卵かけご飯ですますよ」と気遣ってくれる優しい息子でした。

息子の暴力

ところが、あることをきっかけに息子の金遣いが急に荒くなりました。
家に入れるはずの4万円も渡さず、「小遣いがたりない」と不平をもらす始末。
Yさんが無駄遣いを問いただしたところ、カッとなった息子はYさんに暴力をふるってきました。
一度始まった暴力はとどまることなく、日常的に「殴る」「蹴る」ことが続くようになりました。

「殺せるものなら殺してごらん!」
「そのかわりお母さん殺したらどうなるか分かってるね?」
そう叫び抵抗しながらも、Yさんの頭の中は、
「このことを表ざたにしたら、自分も息子もどうなってしまうのか」という思いでいっぱいでした。
暴力は甘えや依存の裏返しであり、許してしまうことは何の解決にもならない。
そう分かっていても「自分が我慢すれば」と、誰にも相談できず数か月間にわたり暴力に耐えつづけたのでした。

しかしその我慢もついに限界を迎えます。
その日も夕食後暴れだした息子は、「出ていけ!」とYさんを怒鳴りつけました。
「もう無理だ。こんな生活やめよう」
携帯とカバンをつかんで家を飛び出し、近くの交番に逃げ込みました。

無料低額宿泊所に入所

警察から福祉事務所につながったYさんは、生活に困窮した人の自立を支援する施設(川崎市内の無料低額宿泊所)に入所することになりました。
息子がいる場所から遠ざかるためとはいえ、生まれ育ったA市を離れ、土地勘もなければ知り合いもいない場所。
それでもYさんは「仕事がしたい」と思っていました。
高校を卒業して以来ずっと働いて年金も納めてきた。
知人に「趣味は?」と聞かれると「仕事!」と答えるほど、働くことが身体に染みついていたといいます。
66歳という年齢のこともあり、知り合いもツテもないこの場所で「仕事をさがせるか」不安はありましたが、他の女性利用者も就労していることを聞き、施設の担当者に相談を持ちかけました。

SSS神奈川エリアでは、2016年に無料職業紹介事業の認可を受けており、働きたい利用者と働き手を求めている企業とをマッチングさせる取り組みをしています。
支援員が本人の希望をしっかりと聞き取り、安定した就労先を紹介することができるため、就職するまでも就職してからも継続的に支援を行うことができるのです。

施設での就労支援

Yさんも支援員と面談を行い、これまでの職歴や健康状態、希望の職種や勤務時間について話し合いました。
数ある紹介先の中から候補にあがったのが、老人ホームの清掃の仕事。
支援員はその場で企業の採用担当へ連絡をとり、3日後の面接の予約を取り付けました。
履歴書を準備し、前日には面接場所の地図やルートも一緒に確認。
その甲斐あって、面接終了後即採用が決定。
「まさにとんとん拍子に(仕事が)決まった」と話す表情には笑顔がこぼれます。

仕事が決まった後も担当ケースワーカーに就労先の報告をしたり、給与が支払われた際には収入申告を行うことについて、支援員からYさんへ説明や助言を行い、問題なく手続きができました。

やりがいのある仕事

もともと家事一切はお手のもので、ホテルでの清掃経験もあったYさんにとって、老人ホームの清掃はピッタリの仕事でした。
午前中は各部屋のごみを回収し、そのあとは食堂の掃除。昼休憩をはさんで午後は風呂場の掃除を何人かで分担して行います。
「ありがとうと言ってもらえるのがうれしくて、自分の親に接している気持ちでやってる。おばあちゃんになつかれちゃったりしてね」
この仕事を「楽しい」と感じたYさんは、その後シフトを増やし、今では週4日勤務をしています。

実はYさんには自身の厚生年金と遺族年金をあわせ、月あたり約9万円の年金収入があります。
これに今月の給与収入をあわせると保護基準額を超えてくるため、来月には生活保護を脱する見込みです。

年金収入という基盤

ここで少し、Yさんの遺族年金について触れたいと思います。
Yさんは息子との2人暮らしの前に、約6年つれそった内縁の夫がいました。
「借金をお前に背負わせたくないから」と籍を入れることを最後まで拒んでいた夫。
しかし、この夫が「重症筋無力症」(神経と筋肉の間の信号伝達が妨げられる自己免疫疾患で、筋力低下の発作を引き起す)という難病に侵されてしまいます。
献身的に看護をつづけるYさんでしたが、病状は悪化し夫は他界してしまいました。

ところが、悲嘆にくれるYさんの元に年金機構から通知が届きます。
生計を同一にしていた事実があることや、重婚でないことなど、様々条件はありますが、一定の要件を満たす場合には事実婚の配偶者でも遺族年金を受けとれるという通知でした。
びっくりしたYさん。しかも、この手続きには、死亡診断者・戸籍謄本・住民票の除票・所得証明など実に8点もの書類を揃える必要がありました。
それでも夫が残してくれたもの。Yさんは各機関を回って書類を集めました。
「毎月遺族年金もあわせてもらえているのは大きい」
「働けばそれだけ貯金できる」
健康で生活能力も高く、仕事も順調なことから、生活保護を脱しても十分にやっていける状態です。

アパートへの転居

インタビューのちょうど1週間前、Yさんは無料低額宿泊所からアパートに住まいを移しました。
シフトを増やしたこともあり、仕事先の近くに引っ越したいというYさんの希望を聞いた支援員は、SSSの担当エリアマネージャーやケースワーカーに相談。
各所との調整をとりつけ、当日は支援員も荷物運びを手伝い、ついに一人暮らしをスタートしたところです。

「通勤も近くなったし、門限や食事も自分のペースで生活できる」
「私の事は心配しなくて大丈夫」
と胸を張るYさんですが、息子のことについて水をむけると、
「二度と連絡はとらないし、どうしているかも知りたくない」
「苦労して親のありがたみが分かったんじゃないかな」
本当は故郷に戻りたい気持ちがありますが、A市には息子がいるためこの先も戻れないかもしれません。
それでも、今いるこの土地で仕事を始めたYさん。
「仕事をするといろんな人と関われる。情報も入ってくるし、こういう考えの人もいるんだって知ることもできる。自分の世界が広くなる」と話してくれました。

支援の現場では、かならずしも経済的自立だけが最終的なゴールではありません。
しかし、仕事をすることで、社会の一員として生きることができる。
Yさんのように、一度絶たれてしまった社会とのつながりを、働くことで取り戻すこともできるのではないでしょうか。

文(聞き手):梅原仁美
取材日:2018.6.26

神奈川県川崎市内 B荘(無料低額宿泊所)

※ご本人の希望により施設名および住所を非公開とさせていただきます。

[お問い合わせ]
NPO法人エスエスエス 神奈川支部
0120-776-799

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#神奈川 #60代 #女性 #就労支援

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