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更新日:2019.03.13

「結婚資金のために働きたい」
自分を“死にぞこない”と称する男性が描く夢

当事者インタビュー:Yさん(男性・62歳)

#神奈川 #60代 #路上生活 #統合失調症

生活保護受給者が描く未来

生活困窮に陥り、生活保護受給に至った人は、自身の将来をどのように考えているのでしょうか。

「どうなるかなんてわからない」と現実から目を背けている人。
「今の生活のまま人生の最後を迎えたい」と現状維持を望む人。
「早く働いて自立したい」と現状から脱却を目指している人。
色々な考え方を持つ人がいるかと思います。

持病などが理由で働きたくても働けないという受給者もいるため、一括りでは語れませんが、確実に言えるのは「自立」という目標に向かって努力している人は皆さん非常に輝いているということです。

リストラやDV、ネグレクトなど生活保護受給までに至った背景には少なからず絶望を感じるような出来事があったはずの皆さん。そこから立ち上がり、前を向いた、その強さが彼らを輝かせているのかもしれません。

今回のコラムの主人公であるYさんも、とても前向きにこれからの未来を考えていました。Yさんの目標は、5年交際しているという恋人との結婚。プロポーズをするために結婚資金を貯めたいと、就労を目指して努力しているとのことでした。そう語るYさんの顔は少し照れながらも、とても嬉しそうで、希望に満ちていたのが印象的です。

しかし、そんなYさんも、人生の絶望を経験した1人。早速、その半生を振り返っていきたいと思います。

「もう死ぬしかない」と自殺を決意した朝

29歳の頃、Yさんは仕事での人間関係がうまくいかず、退職。それまでに溜めこんでいたストレスを発散させるように遊びまくり、コツコツ貯めていたお金を1ヶ月かけて全て使い切ったといいます。

普通に考えれば、そうした生活をすればお金が尽きることは想像に難くないのですが、もう既にYさんの精神状態は限界を迎えていたのでしょう。

「もともとお金がなくなったら、死のうと思ってた」とYさん。

冷蔵庫も財布も空っぽになった、ある日の朝9時。Yさんは果物ナイフで手首を切りました。

しかし、傷が浅かったのか、なかなか死ぬことができず、昼12時をまわります。流れ出る血を見ながら、急に怖くなり、住んでいたアパートの向かいに住んでいた大家さんのところに駆け込みました。すぐに救急車が呼ばれ、30針縫った末、Yさんは一命をとりとめたのです。

5日ほど入院した後、父も母も同居している兄の家で暮らすことになりました。

「“自殺するとき、ちゃんと湯舟につけたか?”って兄から言われてね。冗談で。自分は布団の上で切ったもんですから」と少し困ったような顔で笑うYさん。

この自殺未遂をきっかけに家族の形は少しずつ崩れていってしまいます。

生き残ったことに不自然さを感じる日々

「自殺未遂をしたのは、父さんの育て方が悪かったから」
なぜかそんな結論を出したYさん一家。兄は“諸悪の根源”とした父親を家から追い出してしまいます。

程なくして30歳になったYさんもまた兄から勘当。マンションの管理人をして生活していた父親の家に居候することになったのです。

当時、まだまだ心が癒えていなかったYさんに働く意志はありませんでした。

「生き残ったことに不自然さを感じてね、働く気が起きなかったですよ」

時には父の仕事を手伝ったり、公園でぼーっとしたりしながら過ごしていたYさんは、日がな「なぜ、あの時、助けを求めてしまったのか」「本当は命をなくすはずだったのに」と自問自答を続けていたといいます。

このころの生活について聞いてみると「生き残った恥があるし、親に世話になってる負い目もあるし、とても窮屈な毎日でしたね」という言葉が返ってきました。

自由気ままだったホームレス時代

父親との共同生活を10年ほど続け、Yさんが40歳になったころ、父親は管理人の仕事を辞め、兄の家に戻ることになります。一緒に帰るという選択肢もあったのですが、それまでの生活に窮屈さを感じていたYさんは、自分のペースで暮らせそうなホームレスの道を選びました。

「父親と離れて悲しいどころか、自由だ!と思ったよね」

テレビでよく特集されていた路上生活者の多い地域へ行き、公園で寝泊まりする生活をスタートさせたのです。
路上生活は大変ではなかったか聞いてみると「そんなことないよ!」と力強い答えが返ってきました。

「どうせ死にぞこないだからさ。炊き出しもあるし、福祉センターに登録してたから、週1回くらい清掃活動なんかするとお金がもらえるからね。タバコも吸えるし、お酒も飲める。お祭りとか花見の時は、地域の人が差し入れしてくれたりしてね。快適でしたよ」

以前と違い、生きることへの不自然さを感じることがなくなったといいます。

「人と対話もできるしね。たくさん仲間もいる。毎日いっぱい眠れましたよ」と笑顔で話すYさん。もしかすると大勢の人に囲まれる路上生活がYさんの孤独を癒してくれたのかもしれません。

しかし、そんな時間も長くは続きませんでした。自由気ままで快適なはずの生活でしたが、気付かぬうちにYさんの体に病魔が忍び寄っていたのです。

手の震えが止まらない…精神病の診断

ホームレス生活も15年が過ぎ、55歳を迎えたYさん。ある朝、突然両手の震えが止まらなくなったといいます。

あまりに震えるため、飲食もうまくできないほどだったそう。
数日後、自動販売機にコインを入れることができないYさんを見かねた仲間から区役所の福祉課に行くことを勧められ、すぐに医療機関を受診することになりました。

複数の病院で「原因不明」と診断された末、たどり着いたのは精神科。統合失調症と診断されます。入院後、投薬がうまくいき、手の震えはピタリとおさまったそうです。

薬を飲んでいれば症状をコントロールできるようになったため、1ヶ月ほどで退院。闘病中だったこともあり、また路上生活に戻ることを不安に思ったYさんは、以前、炊き出しの際にもらっていたSSSスタッフの名刺に連絡。「病気があるなら、一緒にしっかり治しましょう」という言葉をもらい、2014年2月、SSSの無料低額宿泊所に入所しました。

恋人との結婚を夢見て…

入所して、もうすぐ5年になるYさん。施設は集団生活であるため、路上生活の時より自由がなく窮屈ではないかと聞いてみると「ルールがあるから、生活しやすいですよ。規則正しい生活を送れますし、他の入所者の仲間もいろんな相談に乗ってくれるから。人間関係のストレスもないですね」という答えが返ってきました。

病状も快復に向かっており、通院と服薬でコントロールできているため、日常生活にも困っていないといいます。

少し安心して今後について聞いてみると、ニコニコと笑うYさん。「実はね、結婚したいと思っとるんですよ。入院した時にね、同じ統合失調症の女性から交際を申し込まれて。もう5年、交際しとります。いちご農家の娘さんなんだけどね。結婚して、手伝いたいと思って。だから、まずは週に何回か働いて、結婚資金を貯めてから、結婚を申し込む予定です」と今まで見せたことのない嬉しそうな表情で語ってくれました。

人生の目標があるということ

失職、自殺未遂、精神疾患との闘病…色々あったYさんの人生ですが、62歳の今、結婚という人生の目標を見つけました。

生きることに不自然さを感じていた時代から一変、自分の未来に対してとても前向きです。

今回のYさんへのインタビューで、生活保護受給は決して人生の終着点ではなく、あくまで通過点なのだということを強く再認識しました。

「結婚したい」「自分1人で生活してみたい」「〇〇という仕事に就きたい」…どんなことでも人生の目標を持つことが、最も明るく自立に向けて動くことができる道なのだと感じます。

支援する側も、単純に自立を促すだけではなく、前向きに取り組めるような人生の目標を見つけるための支援をすることが大切なのかもしれません。

聞き手:竹浦史展、文:中村まどか

浜町荘(無料低額宿泊所・定員34名)

神奈川県川崎市川崎区浜町3-2-10

[お問い合わせ]
NPO法人エスエスエス 神奈川支部
0120-776-799

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