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更新日:2018.04.25

「新しい人生のスタートラインに立たせてもらった」
突然の難病で困窮した刑余者

当事者インタビュー:Kさん(男性・48歳)

#茨城 #40代 #難病 #自立準備ホーム

生活困窮と犯罪

様々な事情から経済的に追い込まれ、万引き、窃盗、無銭飲食をする。
生活困窮と犯罪は密に関係しています。
罪を犯し、釈放されたとしても、住む場所も身寄りもない人の場合、
再犯に及ぶ確率もまた非常に高くなります。

これを読んでいる人の中には
「わたしは犯罪とは無縁」
そう思っている人も少なくないでしょう。
けれど、ある日を境に、これまでどおりの生活が送れなくなったとしたら。
「自分は世の中に受け入れてもらえない存在」
そんな日が来てしまったとしたら。

今回のインタビューは、若い頃から自立した生活を送り、
サッカーやサーフィン、スノボなどアクティブに過ごしてきたある日、
拡張型心筋症という難病に侵されてしまったKさんのお話しです。

児童養護施設へ

Kさんは、両親が物心ついたころに離婚し、姉と共に父方に引き取られました。
しかし父が再婚し、腹違いの妹弟がうまれると、家族の雰囲気は険悪に。
小学校6年の時、姉が独立することを機に、Kさんは一人児童養護施設に行くことになりました。
「親に捨てられた」
「(母は)本当の子どもじゃないからかわいくないんだ」
そんな感情もありましたが、元来ひと見知りしない性格のKさんは、すぐに施設になじみ「毎日が修学旅行みたい」で辛くはなかったといいます。

約4年を施設で過ごし、中学卒業後はまわりの友だちのように高校へ行きたい、そうおもっていたのですが、父親から「自分の会社で働かせる」と命令されてしまいました。

父親から離れたい

Kさんの父は、早くに両親をなくしており、親戚の家を転々とする辛い幼少期を経験していました。
そのためか「息子を管理したい」という傾向がつよく、Kさんは常に父の管理下にあるストレスを感じていました。
施設を出て、父の会社に入ることになっても、実家での生活はゆるされず、従業員用のアパートで暮らし、食事は父が契約した食堂でとる毎日。
「どうして自分ばっかり」
心のなかにずっと反発する気持ちを抱えていたKさんは、半年後、置き手紙を残しアパートをでました。

友人の父が経営する清掃会社でアルバイトをしたあとは、喫茶店の店員の職につくことができました。
若干18歳ながら、Kさんの明るい人柄から、喫茶店の常連客は増えはじめ、しだいに店の切り盛りを任されるようになりました。

そうして20歳の成人式を迎えたKさんは、両親との関係にケリをつけるため、自ら実家をおとずれました。

わずか30分ほどの滞在で、たいした話もしませんでしたが、
「大人になったから、もう関係ない」
そんなきもちの整理をつける出来事でした。

体調がおかしい

それから、サラリーマンやパチンコ店などを経験したのち、大型免許を取得してドライバーを13年続けました。
もともとアウトドア派でスポーツも大好きなKさん。
仕事では重い荷物をかついで走りまわり、夜間の運転も担当していました。
それでも年2回の健康診断はいつも「異常なし」
健康と体力には自信がありました。

はじめて体調の異変に気付いたのは、ズボンがきつくなってきたことでした。
そのうち、靴下が食いこんで足の甲やくるぶしが痛み、咳がとまらなくなりました。
起きている時は大丈夫なのに、横になると咳がでる。
最初は「風邪かな」と思っていたのですが、まったく眠れない日が続き体力の限界を迎えます。

突発性拡張型心筋症

夜間あまりにも苦しく会社に電話をかけて「明日休ませてほしい」と伝えると、同僚から「救急車を呼んだ方がいい」と言われ、自分で119番をしました。
かつぎこまれた病院で検査を受けた結果、出た診断名は
「突発性拡張型心筋症」
心臓の筋肉の収縮する能力が低下し、心臓が拡張してしまう病気で、特定疾患=難病に指定されています。
その時の体重は普段より10㎏以上も増えており、心臓のポンプ機能が働かず体の水分がたまり全身がむくんでいたことが原因でした。
医師からは「今までのような仕事はできないでしょう」といわれました。
薬で体の水分を排出したのち、Kさんは大学病院に転院し、ペースメーカー植込み手術を受けることになりました。

世の中に受け入れてもらえない

ペースメーカー植込み手術をうけた人は一律に身体障害者手帳1級が交付され(当時)、Kさんが障害者となることに選択の余地はありませんでした。

さらに、医師から警察署に行き免許の手続きをするように指示を受けました。
詳しい説明はなく「免許証の条件欄に追記されるのかな」程度に考えていたのですが、なんと、ペースメーカーを入れたことから大型免許がとりあげられてしまったのです。

特定疾患であるため、医療費は公費負担となりますが、手術後も定期的な通院はかかせず、貯金をきりくずして生活する毎日。
貯えも減り、焦って障害者枠での仕事を探しましたが、10社以上で不採用に。
障害者向けの就労継続支援A型での仕事もしましたが、賃金は安く、とても生活が成りたたない。
「自分は世の中に受け入れてもらえない」
本当におちこんだといいます。

公園でホームレスに

住んでいたアパートの家賃が払えなくなると、ネットカフェで寝泊まりをはじめますが、すぐに手持金を使い果たし、とうとう公園でホームレス状態になりました。
ペースメーカーの電池寿命は5年。この時すでに機械を入れてから4年がたとうとしていました。
「もう無理だな」と思うと同時に、「このままペースメーカーの電池がきれれば、嫌でも・・・」そんな考えも頭をもたげはじめました。

肌寒さを感じたある日、公園近くの飲食店の裏に物置小屋があるのを見つけ、暖をとりたいと入りこみ、それからはそこで寝泊まりするように。
さらに店内に通じるとびらが開いている時は、従業員の目を盗んで食料を失敬する日々が続きました。

しかし、ついに従業員にみつかり通報され、警察署に連行されてしまいました。

事情聴取で「寒くて雨風しのぐために寝泊まりし、食事も食べてしまいました」
「申し訳ありません」と罪を認め謝罪したところ起訴猶予に。
拘留を解かれたKさんですが、どこにも行くところはありません。

自立準備ホームに入所

自立準備ホームは、更生保護法にもとづき、引受先のない出所者等に住居を提供し、社会復帰に向けた支援を行う施設です。
保護観察官からこの制度の説明を受けたKさんは、自立準備ホームとして登録している茨城県内の無料低額宿泊所に入所を希望しました。

この施設では、最長6カ月の間に更生保護委託費により生活支援および就労支援を実施し、就労自立をめざしています。さらに法人の自助努力により、委託費の一部を積み立て、転宅資金として貯蓄していることが生活の再建に役立っています。

施設長や職員の支援のもと、ペースメーカーの電池交換を行い、就労による経済的自立を果たしたKさんですが、実は今も宿泊所で生活を続けています。

これからは病気に負けたくない

Kさんは、現在も宿泊所で生活している理由について「もし体に何かあった時、みてくれる人がいない」不安を口にしました。
「食生活も心配ないし、いい人ばかりで居心地がいい」

一度は世の中に受け入れてもらえないと感じ、「病気に負けた」と感じているKさんですが、「これからは病気に負けたくない」と話します。

自分の仕事ぶりを周囲にみとめてもらうことで、病気について理解し、受け入れてもらいたい、そう思っています。
「いろんな人に世話になって、新しい人生のスタートラインに立たせてもらった」

生活に困窮し罪を犯す。
そこに至る背景は様々ですが、困難に「負けない」気持ちをとり戻すことができたなら、人はまた再び歩きだすことができるのではないでしょうか。

文(聞き手):梅原仁美
取材日:2017.12.23

自立準備ホーム(無料低額宿泊所・定員54名)

※名称・住所ともに非公開

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