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更新日:2018.05.23

生活保護を受けながら淡々と暮らす
「これ以上どうにもならない」高齢者の現在と過去

当事者インタビュー:Aさん(男性・67歳)

#千葉 #60代 #車上生活 #元手配師

人生の満足度は十人十色

「あなたは今の生活に満足していますか?」
この質問をうけて「はい!」と即答できる人はどれくらいでしょうか。

まだあなたが30代になっていなければ、人生の折り返し地点に到達しておらず、現状に不満があったとしても挽回のチャンスは多いといえるでしょう。

しかし、65歳以上の高齢者だとすると、人生の終盤戦。
もちろん、「不満を満足に」「少しでも満足を」と日々の生活の中で、努力を続けている人も多いかもしれませんが、大局をみればこれまで積み重ねてきたものが歳をとってから結果として現れるのではないでしょうか?

今回の当事者インタビューは、生活保護を受けながら淡々と生活する今とは対照的な過去をもつ男性のお話です。

清掃アルバイトをコツコツ続ける

千葉県内の無料低額宿泊所で生活保護を受けながら生活するAさん(男性・67歳)。毎朝、自転車にのって介護施設の清掃アルバイトにでかけます。
勤務時間は平日の朝7:00から11:00まで1日4時間。午前中だけの仕事。

施設に入所してすぐハローワークでみつけたこの仕事をAさんは4年ほどコツコツと続けてきました。掃除の内容は、玄関マットに掃除機をかけたり、廊下や居室のモップがけをしたりとハードなものではありません。

この仕事を選んだ理由は、生活保護を担当するケースワーカーから就労指導を受けたことと、夏は涼しく冬は暖かい屋内の仕事であること。

仕事自体にやりがいや魅力を強く感じている訳ではありませんが、特に不満もありません。

車上ホームレスから市役所へ相談

Aさんがなぜ現在の生活に至ることになったのか、
話を数年前にさかのぼります。

Aさんが長年の間、続けてきた仕事はとび職。年齢を理由に屋根の上にあがることを許してもらえなくなり、退職せざるを得なくなったのは62歳の時。

退職後は会社の寮をでて車上生活。所持金もそれなりにあったため、1年ほど所有していた自家用車の中で生活をしていました。職務質問をさけ、夜は病院の駐車場、昼は車を動かすという生活を送っていました。

しかし、そんな生活も長くは続かず、市役所の生活保護の窓口へ。

とび職時代から働けなくなった仲間が身をよせる施設の存在を知っていたため、「施設に入りたい」と相談し、エスエスエスの運営するB荘(千葉県内の無料低額宿泊所)に入所することになりました。

仕事を続ける理由は「助かるから」

現在は67歳になったAさん。施設に入所してからはじめた清掃の仕事。
65歳をこえても続ける理由は、「(生活が)助かるから」

Aさんの1か月の給与は7万円ほど。
仕事の収入がある分、生活保護費は減額されることになりますが、基礎控除があるため、1か月に使える金額は増えます。

まわりの仕事をすることができない同年齢の生活保護受給者とくらべると2万円ほど多くお金を使えるため、Aさんは日用品や衣類など必要なものを十分買い足すことができるのです。

既往症としてC型肝炎をもっていますが、それをこじらせることもなく、「いつまで仕事を続けるかは体次第」「元気なうちは続けていきたい」と話します。

意外な職歴

話し方も静かで穏やか。まじめに淡々と生活するAさんですが、意外にも若かりし時代には「やんちゃ」だったと言います。
20代なかば、生まれ育った四国を飛び出し東京へ。
とある街中をフラフラしていると、「仕事探してないか?」と見知らぬ男性に声をかけられました。

声をかけてきたのは「手配師」
寮つきの建設現場に働ける人を送り込む非合法な職業紹介人でした。
そして、あとでわかったことですが、この手配師は暴力団の構成員でした。

これをきっかけとしてAさんは、暴力団の道へ。
そして、気がつけば、かつて声をかけられた自分が、「メシつきの仕事しないか?」と反対に声をかける側になっていました。

その後、所属する暴力団がとある事件をおこして解散。
系列の建設会社はのこり、そこでAさんはとび職として働き続けました。

農家を継がずに後悔

今から30年ほど前、昭和が平成にかわった頃、Aさんは元いた建設会社から独り立ちし、それからもとび職一本で働きつづけました。

独立してから暴力団とのつながりも一切なくなり、数十年が経過しましたが、Aさんの両肩には今もイレズミが残ります。

このような人生を歩んできたAさんが過去を振り返って1つだけ後悔していることがあります。それは、農家の長男だった自分、それもひとり息子だった自分が親の跡を継がなかったこと。

父親が他界し、ひとり残された母親の訃報が届いたのは、すでに息を引き取ったあと。妹からの連絡で葬儀に出席することはできましたが、
「もっと親孝行してやればよかった」と肩を落とします。

悔いの残らない人生を

実家で暮らしトラックの長距離ドライバーをしている頃、母親は「あんたが帰ってくるまで寝れない」と心配し、また、夜間の出発に備えて仮眠をとっていると出かける時間にあわせて起こしてくれたといいます。

家庭を作らず、「(実家の)姓もなくなった」と話すAさん。
自分の望む人生はどんなものだったのか尋ねると、
「それは、オレにもわかんないなぁ」
「これ以上どうもなんない、もうどうしようもない」という返事が返ってきました。

そして、現在の生活を「不満がない訳じゃないけど、満足といえば満足」「半々の気持ち」と表現します。

みなさんにもう一度おなじ質問をします。
「あなたは今の生活に満足していますか?」

仮に満足できていないとしても、自分の人生を振り返った時、「できれば悔いが残らないようにしたい」と私は考えるのですが、みなさんはいかがでしょうか?

文(聞き手):竹浦史展
取材日:2018.01.22

千葉県内 B荘(無料低額宿泊所)

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